令和8年6月6日
マルイチが創業した昭和二十六年は、まだ戦後の食糧難の余韻が色濃く残る時代です。
米不足のため、主食は配給の米に麦や粟(あわ)を混ぜた「麦飯」や、サツマイモなどでカサを増した「かて飯」が主流でした。おかずは季節の野菜やイモ類、海藻、そして味噌汁と果物が基本の質素な食卓でした。
主食の米は配給制が続いていましたが、慢性的に不足しており、予定通りに届かない「遅配」や「欠配」も日常茶飯事でした。
普段の朝食・夕食も「一汁一菜」が中心。季節の野菜の煮物、大根おろし、季節の青菜や豆腐の味噌汁、そして自家製のぬか漬けなどでした。
貴重なタンパク源となる魚は近海で取れるイワシやサバの煮付け、塩焼き、干物が中心でした。
肉や卵は非常に高価で、ごちそう(ハレの日の食事)とされていました。卵焼きでも運動会や、遠足の時くらいしか食べられませんでした。
果物は、庭先で採れるびわや夏みかんくらいで、りんごやバナナは病気の時くらいでした。
お爺ちゃんやお婆ちゃんに、尋ねてみましょう。
本日のご来店、心よりお待ちいたしております。
合掌
令和八年六月六日


