令和2年12月20日
お客様、ありがとうございます。
「サンタさんありがとう」
京都市 菅原敏子
私が父を亡くしたのは小学校へ入学したばかりの頃でした。オートバイで土手を走っていて、歩いている人を避けようとしてオートバイごと転げ落ちたのです。
お酒を飲んでいたのです。そして不運にも相手の人を巻き込んでしまったのです。二人とも瀕死の重傷を負い、父は3日後に亡くなりましたが、相手の方が助かったのがせめてもの救いでした。大黒柱を失った我が家は幸せの絶頂から奈落の底へと落ちてしまいました。耳の不自由な祖母は畑仕事に精を出し、母は早朝から夜遅くまで機を織る。苦しくても辛くても弱音を吐かない明るい性格の母は、仕事に追いまくられながらも子供に夢と希望をもたせてくれ、誰にも負けない強い精神力と優しい心を教えてくれました。
そんな頃、毎年クリスマスになると、大きなケーキとプレゼントが届くのを楽しみに待っていたものでした。その送り主が父が交通事故に合わせてしまった人からだと知ったのは、何年もしてからでした。自分も瀕死の重傷を負いながら、こんな形で見守ってくださっていたとは。人の大きな優しさに、涙が溢れ、自分の幸せに感謝しました。
飲酒運転は絶対やめましょう!
本日のご来店心よりお待ち致しております。